足利の高台に宿る、
八百余年の祈りの灯
足利市山川町の独立丘陵地にある当山は、平安の昔より霊験あらたかな地として知られています。鎌倉時代、元暦元年(1184)に源義経公より御本尊の聖観世音菩薩が奉納されたと伝えられています。
次いで北朝時代、正慶年間(1332頃)に当山中興開山の祖・実慶和尚により法の灯がともされ、以来六百有余年、今日まで一日も消えることなく法灯が受け継がれて参りました。
境内には四季折々に花々が咲き、鳥がさえずり、緑豊かな境内でございます。
当山の文化財
当山には、板碑(いたび)が所蔵されています。板碑とは板石塔婆とも呼ばれ、故人の冥福を祈る追善供養碑として建立されたものです。
観音寺の板碑は、当山西方山腹から出土したもので、そのうち一基は長方形の整った形で、表面には種字・年月日・模様が見事に彫られた優品です。
永仁六年(1298)3月の紀年銘が見られ、鎌倉時代の板碑の好例として貴重なものとなっています。
元日お参り会
涅槃会
お釈迦様入滅供養会
春のお彼岸
花祭り
お釈迦様誕生会
お盆
施餓鬼会
秋のお彼岸
成道会
お釈迦様お悟り供養会
* 檀家様・一般の方もご参加いただけます
観音様の足元を舞う
四頭の蝶々に込めた願い
境内のシンボルとして佇んでいらっしゃる観音様の足元に、アゲハ蝶を模した四頭の蝶々を配置しました。往生された皆様が花や蝶に囲まれ暮らす、穏やかな極楽浄土をあらわしています。
蝶は故人を浄土に導く、あるいは故人の化身として私たちを見守っている、また再生と復活の象徴ともいわれます。大切な方への想いが、いつまでもここに宿っています。
当寺には、300年近く前のものと思われる奪衣婆(だつえば)の木像が残されています。奪衣婆とは、亡くなった方が三途の川を渡る際に衣服を奪る役目をする、閻魔大王の妻といわれています。
この寺においては可愛い少女の姿の「エバちゃん石像」として、亡くなった方を導いたり、彼岸への旅路を見守る役目をしてくれています。
※ 不在の場合は対応できないことがございます。
事前にお電話いただけると確実です。
「極楽は現世にあり」
「無欲は大欲に似たり」
当寺は、長い歴史を有します。古い歴史、時代に紡がれた様々な縁を大切にしていきたいと思っています。
私達の生きる世界は、五濁の悪世といわれています。その中にあって、私はこの二つの言葉に惹かれます。この無常の世界にあって、いずれの日か自分が生かされている事を深く認識することができるようになっていければと思います。
これから先も様々なご縁と命のあり様を大切に考え、時代の変化に合わせて、皆様と共に私自身成長して参りたいと思います。そして次の世代に引き継ぐべく努めていきたいと思っています。
川流山 観音寺 第三十四代 住職
皆様のニーズに合わせ、6種類の墓地をご用意しています。
多彩なプランからお選びいただけます。お気軽にご見学ください。
| 山号・寺号 | 川流山 観音寺 |
|---|---|
| 宗派 | 天台宗 |
| 本尊 | 聖観世音菩薩 |
| 住所 | 〒326-0021 栃木県足利市山川町5-23 |
| 電話 | 0284-41-2419 |
| FAX | 0284-41-2693 |
| 駐車場 | 2か所(山門傍・境内) 合計約30台・無料 |
0284-41-2419
受付時間 9:00〜17:00